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#391 13/09/03

スザン・ソンタグ著『他人の痛みにたいする思いやり』

上記の書物を入手して早速読んでみた。同書の2ページに気になる文章を発見した。別に他人の文章のあら拾いを趣味とするわけではないが、気になることは気になるのである。

『今朝届いた写真のなかには、男性の死体と思われる写真があります。女性かもしれません。めちゃくちゃに切り刻まれているので、あるいは豚の死骸かもしれません。しかし、はっきりと子供たちの死体、間違いなく家の一部とわかる写真もあります。爆弾で家の側面が吹き飛ばされたので、居間とおぼしき部屋のなかにはまだ鳥かごが吊るしてあります』

読者は、筆者が何を描写したのかわかるでしょうか?これは1938年前にかの世界的に有名なバージニア・ウルフが書いたものなのです。今から65年前に書かれたものとは驚きです。65年前といえば筆者がわずか3才の時のことです。

この文章は現在のイラクあるいはアフガニスタンの描写だとしても全くおかしくはない。しかし、実際にはこれはスペイン内戦当時の戦争のなかの一シーンなのだ。驚くべきことではないだろうか?戦争は時代を超えて同じということなのか?少なくとも見た目には同じである。65年というときの重さがないではないか?それを考えると悲しくなる。まことに人間というものは馬鹿なものでいまだに戦争をやっている。ここでも、あそこでも。

この書物の一ページで著者はいう、『1938年6月、ヴァージニア・ウルフの「三ギニー」が世にでた。そのなかでウルフは、戦争の根幹について、大胆かつ時流に逆らった考察をおこなっている。執筆には2年間が費やされ、その期間、彼女および彼女の友人や仲間の著作者たちのほとんどは、スペインで起こったファシストの反乱に心を奪われていた。「三ギニー」はロンドンのある高名な弁護士の手紙に、遅ればせながら答えるという形をとっている。「どうすれば戦争を避けることができるとお考えですか?」というのが弁護士の問いだった。あなたとわたしの間では、真の対話は無理かもしれません、とウルフはまず手厳しくコメントする。というのは、わたしたちは同じように「教育のある階級」に属しているが、深い溝が二人のあいだに存在している、つまりあなたは男性でわたしは女性だから、とウルフはいう。男は戦争を起こし、男(のほとんど)は戦争を好む。男にとって戦いには「ある光栄、必然、満足」があるが、そのようなものを女(のほとんど)は感じることも楽しむこともない。わたしのような教育のある、つまり裕福な特権階級の女性が、戦争について何を体験しているのでしょうか。戦争の魅惑にたいするわたしの嫌悪を、あなたは理解できるでしょうか?

戦争の映像を一緒に眺めることによって、この「対話の難しさ」を考えてみようとウルフは提案する。その映像とは包囲されたスペイン政府が週に二度世界に送り出す写真である。(これを書いたのは1936年から1937年の冬であるとウルフは脚注をつけている)「わたしとあなたは、同じ写真を見て同じことを感じるでしょうか」とウルフは問いかけ、さらに続ける。

そして、この書物の著者はこの拙文の最初の引用を続けるのであるが、わたしの目からすると、この世界に知られたウルフでさえも唯のセクハラと性差別主義者にすぎないと映るのであるが、読者のご意見はいかがであろうか?

もしかしたら時代が彼女をしてそうさせたのか?それにしても、もしそうなら、我々は幸せな時代に生きているものである。男の子は一度は戦争ゴッコを楽しむものであるというのは事実であろう。だからといって全ての男の子が成人してからも戦争を楽しむというのは勝手な女性側からの性差別というものではないであろうか?

世間には戦争を楽しむ女性もいるであろうし、戦争を憎む男性がいてもおかしくはない、と「老生」は思うがいかがであろうか?


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