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#116 28/09/99

アフリカ出張で最も恐怖を感じた事件(2)

 前回115で書いたのは、エンテベ空港から、ウガンダの首都カンパラまでの道中である。これだけでも充分なる恐怖を味わったが、実はこれには続きがある。混乱の最中のウガンダ入国はどうにか無事に終わったが、この国から安全に脱出して初めて1件落着である。

 さて、翌日は、前夜の遅寝もあって、正午近く起床した。朝食を摂りにレストランに下りると、一見した限り、落ち付いている感じである。但し、外国人の数は異様に少ない。前夜の夕食を抜いているので空腹。フライド・エッグとポーリッジ(西洋オカユ)を貪り食った。

 確か、この前年に指名した代理店のオフィスは、歩いても行ける距離であった。そこでブランチの後、そのオフィスに出向くことにした。街中は意外に静かであった。前後左右に目を配り、危険があれば直ちに逃走、という気持ちを持ちながら、ホテルから2ブロック先の代理店まで歩いた。

 およそ3−4分でその代理店に着いた。5−6名のウガンダ人の店員がいた。皆、一応落ち付いている。英国人のマネジャー(Mr. Prescott)の所在を問うと、驚いた事に、マネジャーはゴルフ場に行っている、と言うのである。この非常事態の中でゴルフとは一体何だ、とは思ったが、ともかくゴルフ場は更に数ブロック先の警察署の前である。そこで歩いてゴルフ場に行った。

 ゴルフ・クラブのロビーは異様に混雑していた。全て西洋人である。人イキレでむっとする。しばらくマネジャーを探した。先方が「老生」を発見して飛んで来た。目に涙さえ浮かべて、とんでもないタイミングで来てくれた、と言う。「老生」が、この非常時に、何故ゴルフ・クラブにいるのか、と問うと、今回のトラブルは全てアミン大統領の率いる軍部の独走に起因し、警察はその軍部に対して反感を持っている。従って、警察本部の前に位置するゴルフ場がカンパラで最も安全な場所との事。やっと事情が飲み込めた次第。

 耳を澄ますと、どこか遠くに銃声も聞こえる。そして、マネジャーが言うには、今はともかくビジネスの話ができる状態ではない、と言う。そして一刻も早く、この国から脱出して欲しい、と言う。本来は自分が空港まで送るのが筋であるが、アミン一派に憎まれている英国人の自分が車で送れば、何が起こるか判らない。何とかして独力で空港に行って欲しいと言われた。昨夜の恐怖を思い出すと、さすがアフリカ各地の危険に慣れた「老生」と言えども、泣きたくなる思いである。でも、マネジャーの言は正解であろうと、「老生」の理性は言う。更に相談の結果、ベストな方法は、現地人の乗合バスであるという結論に達した。鶏や豚を屋根に乗せて、各駅停車のバスである。空港まで何時間掛かるのか見当も付かない。マネジャーは即時出発が望ましいという。今ならまだ、どこかの飛行機があるだろう。何処でも良いからともかく脱出を強く勧める。そこで「老生」も腹を決めた。早速ホテルに戻り、準備をした。ドル現金を分散して、靴下に200ドル、鞄に100ドル、マネーベルトに300ドルという具合である。

 ホテルをチェックアウトしてバス・ターミナルに急いだ。エンテベ行きのバスを掴まえた。客室はほとんど満席。屋根の上に乗せられた豚の鳴き声がうるさい。ホテル発がおよそ午後1時。バスに乗ったのが恐らく午後3時。案の定、途中にはお馴染みの軍のチェック・ポイント。昨夜とほぼ同じ状況である。

但し、夜と昼では少々状況が違う。何となく昼間の方が安心感がある。3回目のチェック・ポイントで靴下に隠した200ドルが発見された。なかなか返さない。銃を持っている相手とは議論しない事に決めた。

 夕刻5時頃、空港に着いた。既にして疲労困憊である。賄賂も使って外国行きの便を探した。その夜は空港の待合室に野宿した。蚊に食われて、通常60kgの体重の若き「老生」が70kgに見えたことは確かであろう。翌日午後3時、エチオピア航空のラゴス行きを掴まえた。オンボロのDC8。普通ならまず敬遠する航空会社である。行き先も地獄のラゴス。これも普通なら誰でも敬遠する町。ザイールのキンシャサとナイジェリアのラゴスは東西の横綱を張り合う。

 そのラゴスの三流の不潔なホテルに収まった。メシも不味く、ベッド・シーツも不潔そのもの。前に洗濯したのは何時のことか?それでも命を落とすよりはましである。ウガンダでは、インド人のみならず、英国人も含めて、行方不明者が相当数いたのである。ウガンダについての知識は豊富と自負していた「老生」が、わずか3日間のセイシェレスなるエデンの園で、5日遅れの新聞しか手に入らない状況が生んだ「恐怖体験」であった。

 この時に妻に宛てた手紙では、既にして二人に増殖していた娘達の様子を、妻に対して色々と問い合わせている。相変わらず、明日の己の居所も判らぬにも関わらずである。愚かと言えば愚かな事である。

 この年、ラゴスの後、何故かシエラレオネに行っている。そして、翌月の10月には中南米から妻に対して「手紙日記」を書き巻くっているのである。今から27年前の「老生」であった。

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