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#001

英国におけるインフォームドコンセントと無痛抜歯体験

小生の名前は多田野年頼、年令60半ばの老人(今後「老人」と称す)。未だ気持ちは若くても体の方はいささか体力の衰えを認めざるを得ない昨今。目下イギリスに滞在中。当地滞在の目的は歯の治療(抜歯4本を含む)と同時に義歯の作製。大の歯医者嫌いの「老人」に、友人のイギリスの医学研究者が、当地では全身麻酔による抜歯が普通と教えられ、それならイギリスで抜歯しようと言う次第でイギリスに滞在中。

蒸し暑い7月中旬に日本を発ったがため、薄着でしかもセーターの一つも持参せず。当地の夏は天気の良い日はそれなりに暑いが、日が暮れると温度は相当低くなる。雨が降ると誠に寒くなる。これまで英国とは20年以上行ったり来たりしているため、このことは十分承知しているにも拘わらず、ついつい出発時の日本の暑さに騙されたと言うより、知識と想像力の乖離か?知識として持っていながら実生活で使えなければ意味がない、という事実の証明のような間抜けさ。急いでセーターを買いに走った次第。滞在場所はヒースロー空港から北西へおよそ80キロ。バッキンガムシャー・カウンテイーの田園の中の小さな町。友人の家は1648年に建築された荘園。庭の芝生は「老人」がドライバーでフルショットしても柵を超えられないほど広い。

さて、肝心の歯科医と抜歯について。レントゲン撮影の結果を見ながら、まず全体の治療方針の打ち合わせを歯科医と行う。「老人」としては、これまで悩まされてきた歯は全部「無痛抜歯」を利用して抜いてしまいたいと考えていたが、歯科医の懇切丁寧な説得、つまり、抜かなくても良い歯を抜くのはもったいないと説得される。下の歯が7本あるうち3本はきちんとケアーをすれば、抜く必要はないと説得され、結局4本だけ抜くことに決定。全部抜歯を主張する「老人」の説得の1日2時間、合計2日で4時間を掛ける。抜歯の必要性あるいは不必要性について、これだけ時間を掛ける例は、日本ではあまり見られないのではないか?ともかく歯科医の情熱的な説得に根負けして、3本を残して4本だけ抜くことに同意することに決定。予め友人を通じて一種の見積もりを貰っているので、時間を掛けただけコストが上がるという訳にはいかないので、これは歯科医の医師としての信念からの説得と「老人」は納得した次第。

さて、抜歯自体は、抜歯を専門にするクリニックに行くことになった。当然ながら歯科医の推薦するクリニックである。指定日の指定時刻にクリニックを訪ねる。与えられたアドレスに着いてみると、ベッドルーム4つか5つの極く普通の一軒家である。入ってみるとおよそ10名程度の患者が待合室で待っている。チェックインを済ませ、「老人」も待機に入る。患者の流れは極めてスムース。抜歯が終わって治療室から出てくる患者の中には、付き添いの家族か友人かに支えられヨロヨロ出てくる人も散見される。それを観察しているうちに、「老人」はなにやら落ち着かぬ気分になってくる。ありていに言えば恐怖感である。頭では「無痛抜歯」と理解していても体が勝手に反応して恐怖を生み出すのだ。

さて、とうとう「老人」の順番になって、治療室に呼ばれる。まず目に入るのは自分が座る椅子である。これがまるで「電気椅子」に見える。二人の白衣の死刑執行官が「老人」の前に立つ。「老人」本人である事を確認して、更に抜くべき4本の場所を確認。その後一人が「老人」の左人差し指になにやら電極の如きものを取り付ける。ますますもって電気椅子の感じが強まる。二人目の死刑執行官は右手に何か針状の物をもって待機する。彼の狙いは「老人」の右手の甲の様子。右手を手に取って仔細に見つめる。「老人」の恐怖感はここで正にピークに達する。と、右手の甲にチクリ。たちまち意識が朦朧となる。下界の一切の事柄に全く無関心の状態になる。やがて問題の歯が抜かれる感じがかすかに4回。痛みは皆無。「終わったか」という思いが深い安堵感とともに訪れる。すべてにおよそ10分程度か?やがて看護婦さんに伴われて休憩室へ。足元はおぼつかない。およそ10分の休憩で完全に覚醒する。72時間の禁煙と24時間の禁酒を申し渡される。当日はうがいも禁止。翌日からは食塩水によるうがいを一日5ー6回するようにと勧められる。抜歯後の歯茎の穴を消毒するのが目的の由。また、麻酔が切れた後に使用するようにと鎮痛剤を貰うが、実際には全く痛みなしで翌朝までおよそ13時間の快眠。翌朝ポーリッジ(西洋おかゆ)を食しながら、あれだけ「老人」が嫌がった抜歯と治療に、今は結果としてわざわざ遠く飛んできて良かったと思う、その理由をつらつら考えた。結論は、どうもインフォームド・コンセントと文字通りの「無痛」にあるように思われる。何故日本では、歯科医は患者に対して全身麻酔ができないのか?逆に、何故イギリスでは可能なのか?更には、経済効率から見て明らかに歯科医にとって利益に直接つながらない説明と説得に時間を掛けるのか?ものの考え方と医療システムの双方で、日英両国の間に大きな違いがあるものと思われる。正直に言って、「老人」はこのイギリスの歯科医の説明に、大きな信頼感を感じたが、これはこの年になるまでに歯科医に対して初めて感じる感情である。これは彼の一生懸命に説明するその姿勢から感じ取れるもののようである。そしてその後の抜歯では、彼の約束の通り、完全に無痛抜歯が実行された訳で、ますます信頼感が深まる事になる。悪循環の反対である。「老人」の受けた麻酔は、医学的に正確に言うと、どうやら全身麻酔ではなく「強度の鎮静」と呼ぶらしい。医学的名称は横に置くとしても、確かに意識を失うことは無かったが、それにしても「無痛」であったことは事実である。「老人」としても、何も意識を失う事が目的である筈がない。痛くさえなければそれで良いのだ。そして一度に4本も抜歯して痛くも痒くもなく、翌日こうして西洋おかゆを食べている。素朴な疑問を感じる次第。どうも技術的問題ではなく制度的問題のように思われる。技術的問題と言えば、「老人」を一時とは言え恐怖に陥れた例の「電極」が何なのかを、早速電話で歯科医に問うてみた。答えは、何でも血液中の酸素の量を計測するためとの事。血中酸素量と麻酔との関係は時間の関係で深追いできなかったが、いずれ聞いてみる積もり。次回の治療の際には、恐らく懇切丁寧な説明を得られると信じている。

ともかく、この数日間に我が身に起こった全てを考察すると、医師が患者の事を、生理的にも心理的にも、患者第一と真剣に考えている事は明らかと断定して良いと思われる。むろん日本の医師がそのように考えていないとは言わないが、その真剣さの患者への伝わり方が違うのだ。あるいは日本の医師は、こういった医師の姿勢を、患者を「甘やかす」と考えるのであろうか?それとも英国流の「患者の気持ち優先」が正解なのか?医学的観点から見た正否は「老人」には出来ぬが、患者の立場からすれば英国式の方が有り難いのは言うまでもない。患者の気持ち優先と言えば、その究極は「安楽死」にあろう。オランダでは、一定の条件が整えば安楽死が認められている。最近読んだ本に、あるオランダ人の医師が書いたDancing with Mister Dというのがある。副題がNotes on life and deathという。回復不能な末期ガン、同じく末期エイズ、その他の病で痛みと苦悩により、自ら死を求める患者に対して安楽死を与える事こそ誠の慈悲ではなかろうか?「老人」はそう思う。Quality of lifeが失われた人生に何の未練があるものか!万一、「老人」が己の身にそのような事態が発生すれば、躊躇無く母国を捨ててオランダに移住し、己の死を己で定めたい。悪用の可能性があるので軽々に安楽死を認められぬと厚生官僚は言うであろうが、少なくともオランダの先例を検討することは出来るであろう。もしも、まだなら今からでも至急検討・研究すべく努力はして欲しいと、国民の一人として要求する権利はあるのではないか?否、これはむしろ厚生省の「義務」と言うべきではないかと「老人」は考える。もしも厚生省がオランダの例を研究する気がないとすれば、それはむしろ怠慢と言うべき。賢明なる同胞の中で、「老人」の意見に対して異論ある御仁とはインターネットで公開デイベート致したく。

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