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日本版へのあとがき

 筆者を含めてイギリス人は、教育課程のある段階で、ラテン語は必須科目の1つです。昔、習ったラテン語の中の1つで、おそらく多くの日本の読者も耳にされたと思いますが、次の言葉があります。Mens sana in corpore sano(健全なる精神は健全なる身体に宿る)この言葉をジョークにするのは、少々不謹慎な気はしますが、正直に言って、筆者が常々感じるのは、現代に生きるわれわれ全てにとっては、このラテン語の言葉は、哲学的意味は別にして、医学的には、むしろ反対で、Corpore sano in mens sana,つまり、「健全なる身体は健全なる精神(知識を含む)に宿る」と言いたい思いが強いのです。

 賢明なる読者はすでにお気づきのと通り、ざまざまな意味で歪められた現代社会で「健康に」生き抜くためには、健全な精神に支えられた健全な知識と、その知識に基づく実行力が必要と思うのです。長生きするかしないか、は各個人の自由です。何を食べるか食べないか、これも同じです。ただ、違うのは知識に基づく選択と、無知による知らずに行う「結果としての選択」との間には、天と地ほどの相違があります。

 筆者の専門は、実は「骨粗しょう症」の研究です。本書に述べたさまざまな事柄は、本来の筆者のライフワークとしての骨粗しょう症の研究の副産物と言えると思います。ただし、本書では、特に骨粗しょう症だけに深入りすることは意識して避けました。前述のように、本書は「食」を通して健康を増進あるいは維持しようとすることにあるからです。

 現在の日本は、筆者の知る限り、世界でも有数の長寿国の1つです。長寿はまことに結構なことで、喜ばしいことですが、ただ「命が長い」というだけでは少し淋しいと思います。「健康に長生き」してこそ、本当に喜ぶべきことであるという筆者の提唱に反対する人は少ないと思います。しかし、本書に述べたように、健康に長生きすることは決して容易ではありません。そして、それこそがこのラテン語をもじるという不謹慎な行為を筆者にさせた理由です。

 いずれ機会があれば、筆者の専門の骨粗しょう症を主題とする本格的な書物によって日本の読者に再度お目に掛かる日がくることを願いつつ、また、賢明なる日本の読者が、環境ホルモン、ダイオキシン、歪められた農業による農産物、その他多くの発ガン物質に溢れた「現代を賢く生きる」ことを願いつつペンを置く次第です。(実はワープロのスイッチをオフにするだけですが・・・)

1997年 8月

医学博士 ポール・クレイトン

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